【GNLF過去参加者の声】昨年度本会議参加者×8期財務局長徹底対談!

錦の御旗、「多様性」??

インタビューをした日の夜、「謎の振り返り文章」と称して三浦さんが送ってきてくれたものに、
中略、強調、改行を入れた形で以下に掲載いたします。

なんで学生時代に、それなりの仕事量やそれなりの責任を背負いながら、私がこんな活動を続けているのか。なんでこんなに日本の大学生にGNLF本会議に参加して欲しいのか。
1つの答えがこの中にあるように思いました。

実はちょっと広報局長もお邪魔していました。彼のことば選び、思考の深さには本当に敬服です。

 


 
今回の本会議の参加で得られた知見として、多様性に対する見方があります。

ダイバーシティの重要性が問われる昨今、その内実とは何か考えさせられることがあります。日本においてはジェンダーやセクシュアリティ間の平等、国際社会ではエスニシティが包含されたコミュニティの重要性が訴えられるでしょうか。確かにこの方針は重要です。

しかし例えばある研究チームを作るときはどうでしょうか。仮にそのチームが成果を上げることを目標とする際に多様性を尊重するならば、そこに本当に求められる多様性とは、多様な「エスニシティ」や「ジェンダー」ではなく、問題を解決したり・イノベーションを起こしたりするのに求められるような個々人の多様な経験・知識それ自体ではないでしょうか。本来このような視点に立ってこそ初めて「多様性」の重要性が見えてくるのであり、この視点に立った際にも、求められる多様性がジェンダーやエスニシティということはしばしばあるでしょう。

しかし、僕は「多様性」という言葉が独り歩きして、ジェンダーやエスニシティの多様性が成果と直結するかのような言われ方をするきらいがあることに対しては疑問がありました

10以上の国からの参加があったGNLFの本会議においては、確かに多様な地域の出身者がいたことで、一つのテーマに対しても多様な「観点」に基づく議論がなされました。
しかしアウトプットとしての成果は決してジェンダーやエスニシティの多様性が実現するものではないと痛感しました

むしろ、
その人がどう生きているのか、
何を学びどのような能力があるか、

それに依存するのであり、決してジェンダーといったラベルに依存するわけではないのだと。

そして
このような類のバックグラウンドは往々にして
ジェンダーやエスニシティによって大きな差異が見られることもあるからこそ、

その尊重の重要性が、成果や多角的な分析に繋がるともいわれるのだろうという考えに
やっと実感として至れました。

加えて、パーソナリティに関しても感じるものがありました。例えば2、30人ほどの学校のクラスを想像してみて、当たり前ですがクラス全員ととても馬が合うということは稀でしょう。

この構造は国境を超えても同じで、その人が何人か、どの宗教を信仰しているかという「些末な」情報をいったん無視した後に現れる、目の前の他の参加者に対して、何を想うか

10日以上にわたる長期間、文字通り寝食をともにする中で、等身大の「外国人」と付き合う時、
その人と一緒にいて楽しいかといった対人的感覚は、
もはや自分のパーソナリティ全体と他者のパーソナリティ全体の問題であって、
その人がどこ出身であるかなど関係ありません。

この前提の上で多様性を考える時、自分自身が日本人としてでなく、一人の人間として対照化され、
他者に対する想像力の重要性に気付かされます。

日常において、しばしば「○○人」というラベルにばかり目が行き、その数が多い方がより良いコミュニティであると思われがちです。男女もそうです。無論程度の問題でもあり、決して「外国人嫌い」といった風潮や男女格差の現状を許容するわけでは断固ありませんが、改めて「多様性」とは何か、その重要性は何か、考えさせられる良い機会となりました

そしてこの感覚はGNLFに参加したからこそ得られたものなのだろうと考えています。

この何らデータに基づかず、浅薄な経験に依るこの考えが方向性としてどうなのか、「多様な」ご批判頂きたいところですし、今後も引き続き慎重に考えていきたいと思います。
 


 
改めまして、GNLF一同、三浦さんに深く感謝申し上げます。
GNLF2018本会議のプレエントリーは11/15まで、こちらよりお申し込みください。
 

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